20、焼けぼっくりは良く燃える 壱

というわけで僕は
1997年の夏を実家で過ごすことになった


いい歳をした長男が一ヶ月も仕事を休んで帰ってくるわけだから
ちゃんと仕事してないなんてことはもうバレバレなわけで
それだけで両親を嘆かせるには充分なノリで挑んだわけだ。


帰ってきてそうそうに起きてくるのは昼近くだ
もろもろの研ぎ澄まされたダラしなさは
東京での普段の生活を余すことなく家族に告げていた


さて僕はこの頃家で何をしていたのだろう?
答えは音楽理論の勉強だった、
さながら自由研究のように僕は以前に触れたように「チック・コリアの音楽」を読み
その和音をギターに応用すべく膨大なチャートを作っていた。


しかし肝心の作曲はさっぱり進まなかった
一曲だけ凝った響きの和音が平行移動するところに
メロ・ラップが乗る曲を途中まで作ったぐらいだった。


この夏は楽しかった、特に何をしたというわけでもないのに
僕は妙にうきうきと日々をすごした、
それは実家の贅沢な生活によるところが大きかった
東京に帰ってまたYと貧しい暮らしを再開するのに
躊躇を感じるほどに実際にそれは快適であった。


この夏は僕にとって
シアター・ブルックのファースト・アルバム「タリスマン」の夏でもあった
何のことはない、この夏ひっきりなしに聴いていたというだけの事に過ぎないのだけれど。
これをかけながら弟の運転で水戸にMTRを買いに行った事を鮮明に思い出す。


さて夏も盛りを過ぎた頃、すっかり退屈しだした僕は、ふとした気まぐれから
高校三年生だった頃に一年間ほど付き合ったが
やがて僕に「新しい恋人」が出来たせいで別れた女の子T
(3、まだ前哨戦に詳しい)
に電話をしてみることにした。


電話をかけたのは昼過ぎだった、
電話に出たTの母親は、僕を覚えていた
かなり不審そうではあったがTに取り次いでくれた。


約7、8年ぶりに聞くTの声は昔と変わらなかった
けんもほろろに扱われるかと思いきや
意外にも会話は弾んだ
そして、あっという間にその日数時間後に会う約束ができた。


念入りに髪を整えていると車の音がした
運転の出来ない僕を約束どおりTが迎えに来てくれたのだった


少しも変わらないT、いや少し可愛くなったろうか?
高校生の時は多少はあった化粧気がいまやすっかり無く
完全な素ッピンだ。
高校の頃僕の周りにいたほとんど全ての人がそうであったように
Tもかってはかなり凝った服装をしていたが
今や何の飾り気の無いボタンダウンのシャツにジーパンだった
その方がTには良く似合っていた。


車で北茨城に向かい、人気のない漁港に車を止めた
こういう場合誰もがするように
僕等は過ぎた年月と現状を報告しあった
ここで僕は早くもTに嘘をついた


「Mくん、今、彼女は?」
と訊かれた僕は
「いや、いない独りだよ」
とマルコの福音書におけるペテロのように答えたのだ。
このとき嘘をついたのは、
僕がバカで、スケベで、身勝手だからという事のほかに
このとき、まだこうしたことで痛い目にあったことがなかったという部分が大きかったろう。


ここで高校時代の、僕とTの馴れ初めと付き合いに方について軽く触れておこう


高校時代、僕とTの間には身体の関係は無かった
クリスマスに僕の実家のコタツで、身体を硬くしたTにキスをしたぐらいだ
そのとき僕の足は緊張のあまり、瘧を起こしたように激しく痙攣をおこして
それを観てTは少し笑ったものだ


とはいえ僕はそのころ童貞ではなく
Tの前に付き合った女の子(Tの友人だった、以下説明のためXとする)
には、僕が会うたびに身体ばかり求めるものだから
「あたしは、タケ坊のオモチャじゃないんだからね」とまで言われたものだった。


Xと別れたあと、僕はXより前に付き合っていたZとヨリを戻したいと考えた(数学か?)
しかし父親が過度に厳格なZの家に電話するのは固く禁じられていた
考えあぐねた僕は、Xを介して一度会った事のあったTがZと同じ学校であったことを思い出した
そしてTにZへの手紙を言付けようと、喫煙が黙認されていたため高校生の溜まり場になっていた喫茶店にTを呼び出した。


電話で大体の事情は話してあったけれど、いざTを目の前にすると
僕の脳みそからZの面影は一瞬にして吹き飛んだ
Tは可愛い女の子だった。
そして美貌だけが取り柄だったZと違い、Tの話は面白く
僕の話をとても面白そうに聴いてくれるのだった。


僕は、手紙を言付けることをやめた
その代わり高校の昼休みに一週間連続でTを呼び出した
おかげで僕等はその週の午後の授業を全部サボることのなった


一週間目、同じ喫茶店
僕は、やっと交際して欲しいと切り出した
Tはウフフと笑い、おかしそうに言った
「もう、やっと言ったね?」
こうして僕等は付き合うことのなった。


後にTは言ったものだ
「あたし、最初XちゃんとMくんが一緒にいるの見た時から、あたしがこの人と付き合うって決めてたの」
と。


このように書くといかにも当時の僕がイケていたように思われそうだ
そう思ってもらえたらむしろ本望ではあるが
事実はそうではなかった
そう読まれては、今後の僕の行動が理解できなくなるだろう


僕がこの当時モテていたとしたら
それはひとえに僕が着飾っていたせいだろう
ご存知のとおりこの年頃のある種の少年少女にとっては
おしゃれ=正義であり
この公式上では僕は完全な正義の味方だった。


更にまた、この年頃ではありがちなことだが
僕は南米の超債務国の借金ばりに膨れ上がった自信を抱えていた
それが僕に何がしかの魅力を与えていたのだろう。


ただし、ここは今後の僕の人生を理解するうえで重要だから
強調しておきたいが
その過剰な自信の中には、容姿に対する自信は含まれていなかった
僕の容姿は良くて十人並み、悪くすりゃ不細工ですらあった
少なくても自分ではそう思っていた。


容姿に劣等感を持つ人間の多くがそうであるように
僕もまた人一倍自分が好きであった
容姿に劣等感を持つナルシス
まるで太宰治の「晩年」の主人公のように。


僕とTは高校三年の一年間
ほぼ毎日のように放課後会っていた
そのうえ毎晩のように長電話をしあった


授業中、僕はTに手紙を書いた
絵の上手なTは授業中に描いた「作品」を僕にくれた


Tは、身体の関係を拒んだ
僕は早い段階でそれを断念した、なぜかは分からないが
実のところ当時僕はあまりTの身体を求めてはいなかった。


一見すると可愛らしい高校生の恋愛であったが
僕はこの頃、すでにいろんな女の子に目移りしていた
もし、当時僕が働きかけた女の子の中に芳しい反応を返してくれる娘がいたら
おそらく僕はたやすくそちらに乗り換えたのではないだろうか?


別に僕は懺悔/告白をしているわけではない
そんなことはありふれた話しに過ぎないのは承知している。


ただなるべく正確に書きとめておきたいだけだ