16、ずるずる這い出す

結局、僕は鶴川駅の近くの書店でアルバイトをすることとなった


そこは例の覚せい剤の一件のあった本屋とは、また違う本屋で


近くに関連のレンタル・ビデオ屋、レンタルCD屋などがある
その中のひとつで本だけでなく、中古のゲームなども扱っているお店だった


僕は、今までのバイト人生とはうって変わった真剣さでここの仕事に取り組んだ


スタッフのほとんどが大学生のこの店で、
千円にも満たない安い時給で
僕は、ほとんどなりふり構わないといってもよいぐらいの勢いで働いた


同僚にこんな奴がいるほど煙ったいものはないものだ
クールな大学生は苦笑混じりに僕の働きぶりを見ていた。
確かに仕事の内容は掃除や品出しといった
面白くもなんともないルーティン・ワークばっかりだった。


しかし僕には僕の事情があった
生活のため金銭のためでなく
神経症的な症状をなんとかするためだった


一日6時間労働で週5日、労働時間は至って少なく
収入は月10万足らずだった


一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、3ヶ月経っても、半年経っても
今度の僕はこのアルバイトを辞めなかった。


一応定期収入の出来た僕は、Yに家賃や光熱費の半額を払うことを申し出たが
Yは
「いいよ、いらない、お給料はダーリン使いなよ」
と受け取ろうとしなかった


僕もこの件については、あまりと言うか、実のところ全然強く主張せず
いとも簡単に折れて、ちゃっかりYの提案にのった。


つまり僕の収入は食費などを除けば、ほぼ全額僕の自由に使えることになった
妙に改心していたこの頃の僕は、
たしか月に1〜2万円ぐらいのお金を貯金していたような気がする


この頃の僕は酷い格好をしていた


当時の僕が着ていた洋服は
Yが実家に帰ったときに探して持ってきてくれた
Yの兄が中学生の頃着ていたというもので
流行からはずれているなんて生易しいものではない
もう誰も着ていないようなひと昔もふた昔も前の中学生の服だった。


髪型はといえば
Yに切って貰ったなんとも形容しがたいおかっぱみたいなスタイルだった


靴もYにスーパーで千円以下で買ってもらった、
よくその辺でおじいちゃんが履いているようなスニーカーだった。


この生活を始めるまでの僕は服装や髪型に大変こだわっていたもので
むしろその方面では自分は進んでいるとの自負があった
高校の頃の僕はピーコ張りの辛辣なファッション評論家の様ですらあったのだ。


しかしこの頃の僕からはそんな面影は微塵も感じられなかったはずだ
アルバイトの大学生には相応にお洒落な人もいた
僕はその大学生達にほんとの自分はこんなじゃないと言い訳したかった。
自分の姿が恥ずかしかった。


そして気づかないうちに、僕はずいぶん太っていた
そりゃもちろん太りもするだろう
およそ5年もの長い間、僕は家でゴロゴロしていただけだったのだから
しかも身や目に頓着しなくなった僕は
自分が太ったことに気づいてさえいなかったのだ。



僕は先ず筋肉をつけるトレーニングをすることからはじめた。


もともと筋肉の付きやすい体質だったせいか
2週間もするとだいぶ見た目が変わってきた
2ヶ月も経つ頃には見違えるように引き締まった身体になった
そして、それ以降はもう太ることはなかった。


系統立った計画に従って本を読んだ
独学で英語を勉強するようになった。


そのうちに僕は自分の洋服を買いだすようになった
ブランクが長すぎて、はじめのうちは何を着たら良いのか分からなかった
そこで以前の僕なら
大衆向けだとかいってバカにしていたようなファッション雑誌
例えば「smart」なんかを参考にしだした


そのころ世間にはレプリカのジーンズが溢れていた
僕は何本もそれらを買い漁った


髪の毛はそれなりの美容室で切るようになった。


そして一年が過ぎる頃には
精神状態はすっかり安定し


アルバイトも適当に手を抜いてサボりながらやるようになっていた
気にいった本や雑誌は家に持ち帰るようになった
こういうところは以前と少しもかわらない


バイト先に友達らしきものもできた
僕は快癒したのだ。


そして僕はだんだんとY以外の女の子と遊びたくて仕方なくなっていた


具体的に対象となる女の子がいたわけではない
女の子を通して自分の価値が知りたかったのだ


自分の価値を
女の子の欲望によって
女の子の欲望の対象になることによって
確認したいという欲求があった



自分は価値ある男だ
だってこんな可愛い女の子から求められているんだから
と言う図式だ。


僕のような男はこういうことでしか自分の価値がわからないのだ


アクセサリーとして他人に見せ付けるためにイカす女をつれて歩くというのと
大体同じなのだろうけれど
僕の場合は他人の目は重要ではなかった
見せ付けたい他人は自分の中にいた。



そして極めつけのいい女ひとりと言うのではなく
不特定多数の女の子にちやほやされたかった
つまりはモテたかった。


そのこと自体は
べつに珍しいことでも取り立てて言うほどのことでもない
ただ僕の場合は自分の欲求を制御する力が弱かった。


それに
僕にはYのおっぱいの小ささが大きな問題に思えだした
というよりは


おっぱいの大きい女の子


それが欲しかった。


アダルト・ビデオの中の女の子の方が


現実にそこにいるYより魅力的に見えて仕方なかった。

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おっぱいコラム


後年、僕は願いがかなって
悲願であった大きかったり、美しかったりする
立派なおっぱいたちとの出逢いをはたした。


しかし、いざ願いがかなって
待ち望んだいたとおりに
それをもんだり、しゃぶったり
そんなことをどれだけしてもどこか物足りない


興奮の最中、ふと頭の一部分が冷静になり
そして思う
「俺は、本当にこんなことがしたかったのか? 
 これがあんなに欲しかったものなのか?」


それどころか、それは例え僕の手の中にあっても
僕に属さず、どこまでも無限に僕の手をすり抜けていく
結局、どれほど間近にに在ってもそれを真に手にすることは出来ないのだ


僕はそのおっぱいで何がしたかったのか分からなくなった。
どうすりゃ満足できるのかが分からなかった


おっぱいに裏切られたような気がした、騙されていたような気がした


フェティッシュの対象とは結局そのようなものなのだろう
言ってしまえば脂肪の塊りに過ぎない部分に
記号としての意味を付与する
しかし記号はどこまで行っても記号であることをやめない
記号はそこにありつつ、そこにない。


記号ははいつも寸前で身をかわし逃げ去っていき
欲望はいつも直前ではぐらかされる


いわば、僕はおっぱいによって疎外されているのだ。
マルクスの言う意味の疎外がそこにはある。


そして男はそこに開いた空白を埋めるべく
おっぱいを愛撫することで女の子に快感を与えて、
それにより(想像の中で)相手を支配するという方向に
欲望をすりかえていくのだろう。


更に言えば
その空隙を一気に極端な形で埋めようとすると
例えばそれは快楽殺人などの形をとり
殺した女の乳首を集めたりするのではないか?
しかし言うまでもなく、それで空隙が満たされるはずはない